2015.10.15
葉が無く枝ばかりになった茶の木は、7月下旬に茶樹の更新のため深刈りしたものです。
扇原茶園では、一年に3回お茶摘みをします。
前回摘んだ後から出てきた新芽を親葉が入らないように茶摘み機の刃の高さを調整しながら摘んでいきます。
だから、年々樹高が高くなり摘み取りが困難になってくるのです。
そこで、2~3年に一度二番茶(6月中旬~7月中旬)が終わった後、高くなったところを順番に深刈りし更新します。
品質向上と収量維持のためでもあります。
茶の木のエイジングケアーですね!
2か月後の現在、こんなに青々と元気に笑っています。
生命の力強さを感じますね。
実は、8月21日、扇原茶園の創業者である義父が90年の生涯を閉じました。
葬儀は、義父が作った茶畑のある自宅で執り行いました。
父が亡くなる日まで更新した茶畑はまだ茶色の枝が目立っていました。
ところが、通夜の日には、見事にお茶の葉が伸び緑の茶園となったのです。
なんだか不思議。
きっと、父からのこれまでお世話になった方々への感謝の気持ちだったんかなぁと思います。
様々な苦難を乗り越えてきた波瀾万丈の人生。
正に、「開拓の人」でした。
お茶の木が、地中深く真直ぐに根をおろし、簡単には抜けないように、私たちは、これからもこの地でしっかり根つき歩んでいきたいと思います。
父の志を継いで・・・。
佐々木京子(ささききょうこ)
島根の港町に生まれて、山の中に嫁ぎ、遠く日本海を臨む場所でお茶の栽培に携わるようになりました。両親は海の仕事でしたので、初めての農業は右も左も分からず年月は瞬く間に過ぎ去りました。気が付けば3人の子供たちも大きくなり、苗木だった茶畑も立派に育ってきれいな緑色の絨毯が広がっていました。ある朝、かまぼこ型の茶の木の畝がモコモコと並ぶその向こう側を、自転車で下っていく息子の背中を見送りながら、ふと足元を見つめて「これが"シアワセ"なのかもなぁ」とじんわり感じたのを覚えています。近ごろでは春に新芽の赤ちゃんが顔を出し始めると、かわいくて愛しくて、「よぉ(よく)顔を出したねぇ」と思わず声をかけてしまいます。毎日ただ無我夢中だった頃には、こんな風に穏やかに思える日が来るとは想像もできなかったけど。今はここで、お茶畑で、日本茶を見て触れて感じて、楽しんで頂きたいという思いでいます。遠くの方にも、うちのお茶でひと息ついていただけたらとても嬉しいです。
日本茶アンバサダー協会は農業女子プロジェクトのサポーターズメンバーとして、「ENJOY!日本茶」での情報発信等を通じて農業女子プロジェクトを応援しています。